夏休みも終わり二学期の初め、高校では文化祭が開かれていた。

クラスや部活毎に今までの活動の発表や出し物をやって賑やかに盛り上げる。

そして志貴達のクラスでは・・・

「あっ!!逃げた!!」

一人の男子生徒がそう叫ぶ。

見るといかにも体育会系の男子生徒が教室の外に駆け出す。

その男子生徒を退屈そうにしていた男子生徒が足を引っ掛ける。

そして、素早く腕を極めて身動き出来ない様にする。

「おっ!!また七夜が捕まえたか」

「お見事!!」

「・・・なあ、そう思うんだったら、そろそろ俺にも自由時間くれないかな??」

いささか不満そうな声で男子生徒・・七夜志貴は愚痴った。

三幕『文化祭悲喜こもごも』

志貴達のクラスは出し物を喫茶店とした。

『食い逃げ喫茶ローキック』と名付けられた辺り名付けた者のセンスが知れようというものだ。

ちなみに名付けたのはむろんの事ながらオレンジ頭の馬鹿である。

更にルールもぶっ飛んでいる。

『教室から三階の階段まで逃げ切れたら代金はロハ。ただし食い逃げを敢行して失敗した場合二倍の料金を支払う事』

こんなルールで成功する筈が無いと思いきやこの喫茶店は意外なほど賑やかに大盛況していた。

しかしながら成功例は未だに一つも無い。

その理由は入り口に最強の門番が存在しているに他ならない。

体育会系でも、時折来店するマッチョ等をも一歩も外に出さない欠伸一つして退屈そうに佇む男子生徒・・・七夜志貴がいる為に・・・

「はあ・・・皆休憩時間取っているんだよな・・・」

出し物が始まってから志貴は椅子に根を生やした様にここに佇んでいる。

まさしくトイレ以外動く事すらもせずに・・・

「まあそう言うなって七夜がいないと食い逃げされ放題なんだから」

「だからか・・・客の回転が極端に悪くなったのも」

志貴が呆れたように客席を見る。

そこには、じっと機会・・・志貴が場を離れる事・・・を伺う男子生徒がたむろしている。

「ったく・・・何でこんなにも」

志貴がぼやくととんでもない情報がもたらされた。

「あれ?七夜知らないのか??お前が何人食い逃げ犯を捕まえられるかで賭けが発生しているぞ」

「なに!!何だそれは一体!!」

「ちなみに先生達も一口乗っているらしい」

「おいおい・・・」

「更にいえば胴元は乾と遠野」

「あの野郎ども・・・今度潰す」

怒りのあまり琥珀を彷彿とさせる冷笑を浮かべる志貴を他所に客の回転は悪化の一途を辿っていた。

そんな志貴に外来の客が二人近寄ってきた。

「志貴大変だな」

「ああ、まったくだよって・・・晃!!」

「よっ」

「僕もいるよ志貴」

「誠も・・・どうしたんだ??」

そこに立っていたのは紛れも無く里にいる筈の誠と晃だった。

「いやな、今夜ここで仕事があるんだがまだ時間もあったから少し様子見に」

「と言うより確信犯だろ?」

胡散臭そうな表情と声で返す。

自分達の仕事は基本的に夜なのだ。

こんな日中で出てくるなど狙いは一つしかない。

「まあ、いいか、俺も話し相手欲しかったし。そうだ翡翠と琥珀呼ぶか??」

「いや、そこまでしなくても良いさ」

「ああ、あくまでも少し様子を見に来ただけだし」

「ああ、そうか・・・そう言えば父さんは??」

「ああ、御館様なら里でまだ療養中」

「と言うよりも奥様が御館様を連れ出したくないらしい」

「ああ、そう言えば父さん、あまり家に固まる事しないからな」

その様を思い浮かべて志貴は苦笑する。

おそらく真姫が甲斐甲斐しく世話をして、黄理はしかめっ面をしながらそれを受け止めているのだろう。

「じゃあ、少し飲んでいくか??生憎ケーキと紅茶位しかないけど」

「そうだな・・・じゃあ少し頂くとするよ」

「で志貴、少し聞いても良いか??」

「なんだ??言っておくが金は貸せれないぞ」

「そうじゃない」

「僕達もあの食い逃げに挑戦しても良いかなっと思ってね」

「絶対止めろ」

志貴は即座に答えた。

この二人がそんなものに参加したら間違いなく志貴も本気で捕まえに行かないといけない。

何しろ、一般人の学生や一般見学客を相手にするのとは訳が違う。

本気の七夜の力を人前で見せる訳には行かなかったし何よりも二人とも弛まない努力の結果、七技を完全に会得に成功し、遂に晃は死奥義の内『七夜』と『落鳳破』、誠は『七夜』と『雷鳴』を会得している。

技量では現世代の中で唯一志貴に拮抗できる二人が、本気で暴れればどうなるか・・・予測が大抵つくと言うものである。

「まあまあ良いじゃないか。俺達も馬鹿じゃない。こんなところで力を出すような事はしないって」

「そうかもしれないが、俺もお前達も負けず嫌いだからな。気がついたら本気でだなんて里でしょっちゅうだったろ」

「「はははははは」」

それを聞き大声で二人は笑い合うと

「それもそうか。じゃあ食い逃げは断念しておこう。じゃあ志貴、少し頂いてくるよ」

「ああ、ゆっくりな」

そう言って二人は隅の席に付く。

「ねえねえ・・・七夜君」

そこにそっとウェイトレスをしていた女子生徒が近寄る。

「誰なの??あのかっこいい二人」

「ああ、俺の従兄弟」

「本当?うわぁ〜私オーダーもらってくる!!」

「あ〜!!ずるい!!」

誰が二人からオーダーを受けるかで相当揉めている。

それをやや冷めた表情で見ながら(二人とも既に既婚者だから)志貴はまた、食い逃げ犯を監視し始めた。

と、そこに今度は見慣れた黒いコートが目に付いた。

「あれ??レン?」

「・・・・・(こくん)」

そこにいたのは紛れも無くレンだった。

「どうしたんだ?」

「・・・・・・」

やや泣きそうな表情でじっと他の客が食べているケーキを見ている。

「食べたいのか?」

「・・・・・・(こくん)」

「じゃあ俺のおごりで食べるか?」

「・・・(こく!!こく!!こく!!)」

凄い勢いで肯く。

どうやってここまで来たか疑問だったが取り敢えずレンを座らせてから聞こうと思った志貴はレンを案内する。

「じゃあこっちの席に座って・・・」

志貴は早速ショートケーキやらチーズケーキ等各種のケーキをテーブル狭しと並べる。

そして、それが並べられる度にレンに満面の笑みが広がる。

最後に温めの紅茶を置くと、

「じゃあレン食べる前に聞きたいけど誰がお前を連れてきたんだ??」

「・・・」

首を傾げたレンは直ぐにびしりとある方向を指差す。

そこには今まさに食い逃げを敢行しようとしている晃と誠がいた。

「オイお前ら・・・」

「「じゃあな!!志貴」」

その言葉と共に二人は逃走を図る。

その瞬間志貴は悟らざるを得なかった。

二人は志貴を油断させる為に、わざわざレンを連れ出したのを。

「あんにゃろーーーー!!!」

怒り心頭の志貴がすぐさま駆け出したが既に時遅く階段を駆け下りている。

無論食い逃げ成功だ。

「きたねえぞーーー!!そんな搦め手使いやがって!!」

「使えるものは何でも使わないと損だろーー!!」

「まあご馳走様!!」

そう言って学校を後にしていく二人を志貴は歯軋りするより方法が無かった。

かと言って、テーブルで無我夢中でケーキをほおばるレンを頭ごなしに怒鳴る訳にも行かない。

レンは里で顔見知りの晃と誠だからこそついて来ただけなのだから。

志貴はやや引きつった笑みでレンを眺める事しか出来なかった。

無論食い逃げをされたと言うよりも二人の作戦にまんまと引っかかった事に悔しがっているのだが。







その後も食い逃げ犯を見つけてはとっ捕まえて結局逃がしたのは辛辣な策を立てた晃と誠の二人だけであった。

そんなこんなで時間も過ぎ

「じゃあ七夜お疲れ〜」

「後は俺達が食い止めるからよ〜」

「何言っている。殆どお前らのんびりしていた癖して」

ようやくお役御免となり自由に見学出来るようになったのは午後も押し迫った頃だった。

まず志貴が向かったのはやはり

「よう有彦、四季」

「「げっ!!志貴(七夜)!!」」

「人の顔見ていきなり『げっ』か・・・どうも噂は本当だったようだな」

「い、いやなんだ・・・ちょっとした茶目っ気と言うか・・・」

「俺は有彦に乗せられただけで・・・」

「取り敢えず・・・ゆっくりと話を聞こうか・・・向こうで」

怒りのあまり冷笑を浮かべたままの志貴は固まっている二人を引き摺りながら校舎裏に消えていく。

それから数十分後、晴れやか極まりない表情で校舎を回る志貴がいた。

四季と有彦がどうなったか・・・書く必要が有るだろうか??

どの道二人とも後夜祭くらいには何事も無かったように復活するのだから・・・

「さてと・・・今度はあっちの見学にでも行くとするかな」

そう言いながら志貴が歩きだそうとするとそこに更に見知った相手が現れた。

「兄さん」

「秋葉?どうしたんだ?」

「いえ、お兄様から学園祭の事を伺いましてそれでここまで来たのですが・・・凄い人ごみですね」

「まあな、一般見学もそろそろ終わるし秋葉は何処見てきたんだ?」

「そ、それがあまりの人ごみで殆ど見ていないんです」

「そうか・・・なら俺が案内してやるか?」

「宜しいのですか?」

言葉と裏腹に表情を輝かせる秋葉。

「ああ、じゃあ何処に行く?」

「そうですね・・・」

そう言ってそっと寄り添い、志貴と歩き出そうとした時、後ろから元気良すぎる声が聞こえてきた。

「志貴――!!」

「志貴君!!」

アルクエィド・アルトルージュが組み付く。

「ねえねえ志貴、仕事終わったんでしょ?だったら私と見学しよう」

「私とに決まっているでしょアルクちゃん」

志貴を挟んでいつもの口論が始める。

「くっ・・・この・・・」

秋葉が激発しかけたので慌てて志貴は遮る。

「ああもう判った判った。じゃあ四人で行くか」

だが十歩も歩かない内に

「「志貴ちゃん!!私と姉さん(翡翠ちゃん)と見学に行こう!!」

お約束と言うべきか?翡翠と琥珀が擦り寄ってくる。

「更に来たか・・・じゃあ行く」

「志貴・・・そのどうでしょうか?私と・・・」

「七夜君・・・一緒に見学しない??」

更にシオンにさつきも現れ皆それぞれに迫ってくる。

そして数分後、乱闘寸前の事態を収拾させた志貴は、結局この七人と僅かな時間楽しく賑やかに(男子生徒・外来の男達の嫉妬と殺意の視線すら一身に受けて)文化祭を堪能するのだった。

四幕へ                                                                                          二幕へ